ヨンスのひと笑い

落語によるひと笑いと普段感じている笑えないことを発信していきます

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自信をつけるには?なんて質問はナンセンス!?落語家から学ぶ自信の生み出し方

 

あなたは自分に自信がありますか?

 

それはなんの自信でもかまいません。

 

私であれば、『落語が誰よりもうまい』『俺はイケメンだ』『心もイケメンだ』なんて事が自信かなと思っています。(人それぞれですが)

 

自信のなさのあまり、『自信ってどうやってつけるんですか?』と講演会や何かのセミナーで質問しちゃっていませんか?

 

残念ながら、非常にナンセンスでございます。

 

私も一年前であれば平気でそのような質問をしていたと思います。

 

人見知りで自分に自信がない、そんな人間だったので、何かにすがる思いでそんな質問をしたのかもしれません。

 

しかしながら、自信はそこら辺に転がってるわけじゃありません。

 

自信は自分の手で作り出すものなのです。

 

つまり、陰で努力した結果生まれるものが自信になるのです。

 


『俺は自分の声を録音して何回も落語の練習をした。だからちょっとやそっとじゃ、俺の落語はぶれないぜ』

 


『俺はイケメンと言われるために、髪のセットを研究した、お肌にも気を使った。モテる人のマインドを研究した。』

 


『俺はイケメンの心を手に入れるために、徹底的に女性にも男性にも気を遣ってみた。でも違った。本当はこうだったんだ!よーし!』

 


と言うふうに、自信は勝手に生まれてくるのではなく、何かで努力した時に生まれてくるものです。

 


この何かはどんなに小さくてもどんなに大きくてもかまいません。

 


・私は毎日腹筋10回を欠かさずしています。
・私は1日に一回は自炊をするようにしています。
・私は毎日しっかり髪をセットして整えてから外出します。

 


あなたの目にはどう映ったでしょうか?

 


たかが10回?たかが自炊?髪のセットに時間かけてんの?

 


そう思いましたか?

 


それは違います。

 


問題は努力の大きさではなく、努力しているという事実なのです。

 


努力をしている自分=自己肯定感になります。

 


『努力をしている自分はすごい!毎日継続している自分はすごい!』

 


直接的にそうは思っていなくても、心のどこかではそんな気持ちになっています。

 


その気持ちこそが小さな自信に変わっていくのです。

 


ですから、『あなたの自信はどこから生まれてくるの?』なんて思う人がいたら、その人はあなたが見ていないところでかなりの努力を積んでいることでしょう。

 


努力を人に見られるのは恥ずかしいもの。

 

みんなひっそりと努力しているのです。


自信は自然に湧いてきません。自分で作り出して下さい。


どんなに小さなことでも構いません。

 

あなたが努力だと感じていれば、例え誰かに『たったその程度のことで』とあざ笑いされても、努力なのです。

 

あなたの努力をあざ笑う人ほど、あなたよりも努力をしていませんから安心して下さい。

 

あなたの味方は、きっと『頑張って!ファイト!』と応援してくれるはずです。

 

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落語界における自信の作り方

 

実は落語界でも、お客さんの目には見えない陰ながらの努力があるのです。

(もちろんどの業界においても陰ながらの類いまれなる努力はありますが)

 


まず落語家になろう!と思ったら、師匠に弟子入りしなければなりません。

 


ここは落語界の就職活動と考えてください。

 

もちろん履歴書なんてものはございませんので、師匠に気持ちで伝えるしかありません。

 

それから、無事師匠に認められたとしてもそこから前座という見習い修行があります。

 

この前座、ただ落語を練習する期間ではありません。

楽屋での仕事が非常に大切です。

 

・高座返し(座布団をひっくり返す)

・着替えと着物たたみ

・お茶出し

・太鼓を出す  etc...

 

などなどこれはほんの一部に過ぎません。

 

しかも、例えばお茶を出すにしても、ただ出すだけではいけません。

 

それぞれ師匠方のお茶の温度の好みを覚え、その師匠事に合わせたお茶を出さなければならないのです。

 

熱いお茶が好きな師匠もいますし、冷たいお茶が好きな師匠もいます。

 

また気温が35℃もあるような猛暑日に熱いお茶を出すのは、いくら熱いお茶が好きな師匠と言っても嫌がります。

 

まずぬるめのお茶を出し、様子を見て、もっと冷たいお茶か熱いお茶を出すか判断しなければなりません。

 

常に状況を見て判断する臨機応変さが非常に大切になります。

 

この臨機応変さは、演目を覚えてそれを披露する落語とは何の関係もないように思えますが、それは大変大きな間違いです。

 

寄席に来てくれるお客さんはその日その時によっていつも違います。

 

ですので、どんな洒落で笑うのか?どんなネタを好むのか?を判断しなければなりません。

 

そんな生活を3~4年してやっと、少しずつ高座に上がらせてもらえるようになるのです。

 

なぜそこまでするのか?なぜ前座修行はそこまで厳しいのか?と言われますと、

 

師匠に気持ちよく高座に上がってもらえないような人間が、聞きに来てくれるお客さんを気持ちよくできるわけがない』という思想から来ています。

 

そして、そんな細部まで気を遣った生活を4年間も続けたのですから自信がつかないわけがありません。

 

しばしば落語家さんの中には、『笑いがとれなかったら(うけなかったら)、俺が悪いんじゃない、今日の客が悪いんだ』と割り切ってしまう方がいるそうです。

 

何年間も修行に耐え、落語を極めて来たのですから、当然、そこから来る自信がそうさせるのでしょう。

 

 

まとめ

 

どんなに小さなことから始めても努力です。

 

努力は自信になります。

 

またナルシストはあまりいい言葉としてとらえられていないですが、自信があることの現れであるのもまた事実です。

 

もし、『こいつナルシストでむかつくな・・・』と思ったら、その根拠を聞いてみましょう。

 

『なんで君はそんなにかっこいいの?何か特別なことでもしてるのかな?僕にも教えて欲しいんだけど!』

 

もし、熱心に教えてくれるようならそれは本当に努力から来るものでしょう。そんな努力の人との関係を『むかつく』で終わらせてもいいのですか?

 

もし、『え、いやだって俺だし?俺なんだから当然じゃん?』なんて言う時には、

はったりor本物の中のホンモノかのどちらかです。

 

 

あなたの目で見極めましょう。

 

 

何事も小さなことから。

 

自信は持つものではありません。時間をかけて少しずつ積み上げて、生み出していくものです。

 

 

 

 

 

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