ヨンスのひと笑い

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ボランティアは楽しまなきゃ意味がない~弘前桜まつり【玄人】の楽しみ方~

こんにちわ!ヨンスです!

 

皆さま弘前桜祭りは御存じでしょうか?

 

www.hirosakipark.jp

 

4月21日(土)~5月6日(日)まで開催される年に一度の弘前最大のイベントと言っても過言ではありません。

 

私、青森にはかれこれ20年ほど住んでおりますが、青森でもこれだけたくさんの人が集まるイベントもないのではないでしょうか?

 

 

 

綺麗なものでも見続けると飽きてくる

 

やはり、毎年このイベントが開催されていますから、私のような地元民からすると

 

『今年ももうそんな季節か~・・・』

 

なんて気持ちになってきます。

 

 

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これも・・

 

 

 

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これも・・

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これも・・

 

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そしてこれも・・・

 

綺麗な桜色に彩られた弘前公園・・・

 

私には一番最初にこの光景を見たときの感動を今も維持することはできません・・・

 

最初は、

 

うわっ!!すっげ!!まじやべえ!!さくら!!ねえさくら!!!綺麗だって!!ねえピンク!ピンクピンクしてるよ!!!

 

って興奮していたはずなのですが、今では

 

あぁ~今年も綺麗なんやね~・・・台風とか来なくてよかったわ~・・・今年も開花と祭りの時期がちょうど合いそうで一安心や・・・

 

くらいの目でちょっと桜に対して上から目線発動しちゃってるんですね。

 

そこで・・

 

 『それじゃあ弘前を愛する地元民の態度としてはどうなのよ!?

 

他県、海外から来ている方々の気分損ねるんちゃうか!?

 

地元民の自分たちがもっと楽しまなくてどうすんねん!!

 

サークル内の花見だけで終わらせてええんか!

 

もっと祭りを楽しんでいこうや!!

 

と考えた先輩の手によって、私たちは出動するのでありました。

 

 

やるからには本気で、そして楽しみながらボランティアを

 

具体的に何をしたのかと言いますと、

 

着ぐるみを来て、ゴミ拾いをしたんでございます。

 

     

 

 

 (ちなみにこの方のツイートは私じゃないですww私の先輩です。)

 

このツイートの写真に写ってない方もたくさん参加しています!

弘前桜祭り期間中は毎日のように、ゴミ拾いをしてました!

(僕自身は行ける日、いけない日あったのですが、毎日かかさず参加している方もいらっしゃいます!!)

 

 

さてさて、私が言いたいのは、『ゴミ拾いして偉いだろ~!?』ってことを伝えたいんじゃないんです。

 

私たちは、弘前桜祭りを、観光客としてではなく、エンターテイナーとして楽しみましたよ。ということ。

 

みなさん想像してみてください。

 

もし、着ぐるみを着ずに、ガチでゴミを拾っていたなら・・・

 

私たち『ゴミ拾いしてます!善意でやってます!』アピール全開で、真面目な格好でただたんたんとゴミ拾いをしていたら・・・

 

それを見た観光客はどう思うでしょうか?

私はこう思います。

 

ああ・・偉いなぁ・・すごいな祭り期間にちゃんとゴミ拾いをしてて・・

 

え?別に悪いことじゃないんじゃないの?と思う方もいると思います。

うん、確かに悪いことではないんだけれど・・・

 

それでもし観光客の方が罪悪感みたいなものを感じてしまったらどうでしょうか?

 

『あぁ・・みんな祭りで夢中になっているときに、若い方々が一生懸命ゴミ拾いをしてるわ・・なんだか自分だけ楽しんでるのは申し訳ないわ・・・

 

これを観光客に思わせてしまった時点で私はボランティアとしては失格かなと思います。これがまだ、お祭りが終わってしまった後ならいいんです。

 

ですが、お祭り中に関しては観光客の方々が祭りを楽しんでもらうことが大前提ですから、くそ真面目にゴミ拾いボランティアをすることは、見る側からすると興を削がれる行為になってしまうのではないかと思うのです。

 

ですから私たちは、あくまでも弘前桜祭りを楽しんでいます。

 

ボランティアとかそういう事以前に弘前桜祭りの一つのコンテンツとして『着ぐるみを着ている変な集団がゴミ拾いをする』というエンターテイメントを提供する形に仕上げたのです。

 

 

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あと、これは私たちの中でも言えることです。

 

『思い出』と捉えたとき、ただ真面目にゴミ拾いをしたという事実と着ぐるみを来て恥ずかしながらも最後まで楽しめたね!だったらどちらがいいですか?

 

私は後者です。私はボランティアひとつとってみても、自分たちが楽しみながら、わくわくどきどきしながらやることによって、普通にやるよりもはるかに満足感と充実感があることを学ばせてもらいました。

 

最初は『着ぐるみなんて・・・』と思っていましたが、着ぐるみを着ることによって、違う自分に生まれ変わったような高揚感と新しい新鮮な楽しさがありました。

 

ゴミ拾いが楽しいと思ったのは生まれて初めてです。

 

 

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そして、そういうことをしていることに気づいて親切にしてくれる方もいまして・・・

 

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黒こんにゃくを無償でいただきました。

 

黒こんにゃくをいただいて、『ありがとうございます!』と言うと、『こちらこそありがとうね~』と言われたのがすごく嬉しかった。

 

そして私たちの姿をみて、大爆笑してくれる方々、気さくに話しかけてくれる方々、『妖精だぁ~~~~』なんて嬉しいことを言ってくれる子供たち・・・

 

ただゴミ拾いしてるだけじゃ絶対に得られない経験を、ただ着ぐるみを着るだけで体験できる。実に簡単なことではないでしょうか?

 

 

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花火を見てはしゃぐナス

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花火を見ながら思うこととは・・

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財布を届けるピカチュウ

 

 

真面目にボランティアする必要はあるのか?(少し真面目な話)

私はボランティアをくそ真面目にやる必要はないと思います。

 

真面目にやるっていうのは、『やらされている』『自分がやらなきゃいけない』みたいな変な義務感をもってやることです。

 

例えて言うならば・・・

小学校や中学校でゴミ拾いが一つの行事として成立していました。

『ゴミを拾って自分の町を綺麗にしましょう!』みたいなコンセプトでやっていた行事だったと思いますが、今思えば『やらされてた感』が半端ないです(笑)

 

子供に『ゴミ拾いは美徳なこと』だって教えたって、納得できるはずがありません。

 

ボランティアサイトのページを見てみると、『誰かの役に立ちたい人募集しています』という言葉が書いてありますが、そんなことを常日頃から考えてる人っているのかな?って思っちゃいました。

 

だって『見知らぬ誰かの役に立ちたいとか、何かのためになりたい』とかそういう欲求はマズローの欲求五段階説にもない、第六の段階ともいえる、超高次欲求だと思うからです。

 

 

 

これは私の考えですが、人間誰しも自分が一番かわいいと思うんです。

 

何か自分がやりたいことの延長線上に『誰かのためになりたい』とか、『あの時ああしてもらったから今度は自分の番だ!』とか、『今苦しんでいるあの人達に何かしてあげたい!』と言うなら、素晴らしいと思いますし、むしろ大尊敬します。

 

実際、私があるピンチに立った時、『助けてあげたい』と感じて私にかけてくれた言葉やご厚意にどれだけ救われたことか・・・

 

しかし、これは言っておきたいです。

 

ただ漠然と『誰かのために役立ちたいからボランティアやろう!』と考えるならそれは僕は間違っていると思います。

 

ここまできたのではっきり言わせてもらいますと、気持ち悪いです。

何か裏があるのではないか?そんな風にさえ感じます。

 

まあでも、そんな人は中々いないと思いますが(笑)

 

じゃあお前のやってたゴミ拾いはどうなんだよ!?とツッコむ声が今、私には聞こえてきました。

 

私がゴミ拾いをやったのは、『面白そうだから』です。

 

そして私がゴミ拾いをやったのは、マズローの欲求五段階説で言うと、承認欲求だと思います。

 

着ぐるみきてゴミ拾い、楽しそうだろ?桜祭り楽しんじゃってますよ!?大学生活ENJOYしてますよ!

なんていう、充実感を認めてもらいたい、そんなレベルの人なんですあたしは。

 

 まとめ

色々と過激な発言をしましたが、結局何を言いたかったかと言いますと、『自分が楽しめない(意味を見出せないもの)は、世間的にいくら美徳だ、いいことだと言われても、やってて面白くないんじゃないですか?それが本当にあなたのやりたいことなんですか?』ということです。

 

やるからには、自分が楽しまなきゃ!

 

 

最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

ボランティアという病 (宝島社新書)

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